長く続けずに済んでよかったですよ、つくづく。
疲れるけど加筆ばかりも意味がないのでエントリ化。最近つくづくアホくさくなってきた。書く方も読む方もみんな実現の可能性が限りなくゼロに近い「ウソ話」と薄々承知しながら祭を楽しんでるんでしょ、あの騒ぎ? これが名にしおうはてな村の秋の収穫祭かと。ようやくコメントまで下さったご本人を悪くいうつもりはないけど、症状があそこまでいったらもう、色々問題があろうがなかろうが通院治療しかあり得ないでしょうが。そして僕らに出来ることはポイント送金が絶対に最善なんです(ご本人が募金を自分で言い出し、口座番号を公開なさるまでは)。アフリカの珍獣を見たがった往時の欧州貴族の如き高慢なモノ言いをなさる人がいたりして、だんだん「東京対地方」の格差の構図が見え出してきたのも嫌悪感のタネ。 幼児虐待などの野蛮な因習が残るゲロな地方! どんな女がそれをウリにしてるのか一回ツラ拝んでみてえぜ! みたいな。実際、ご当人も、過去の悲惨な体験をちょっと語るだけで、そういうのに免疫のない「都会の人間」が右往左往の大騒ぎをするのを見るのが快感になっている部分はあるのではないかと想像します。非常に意地悪ないい方をすると、そういうネタを書く以外「全国区」になる方法はないし、実際その戦略は当たっているわけですね。しかしそのおかげで、電脳ポトラッチ*1の人が書かれていたように、真面目に虐待問題を訴える人々が注目を得られずワリを喰っているのです。ああ、もう関わるのやめた。ここには何かすごく醜悪なものがある。本気で治る方法を考えられないまでに一過性の注目を浴びずにはいられなくなった女性と、それをニヤニヤ笑いながらああだこうだと論評して楽しむだけで、直接の援助になるようなお金(ポイント)はビタ一文出そうともしない(…でしょ? みたところ)男気のないヤツら*2。原始人の部落でさえもうちょっと温かな人情の通い合いがありますよ、きっと。はてな村というのはかなーり腐っている悪寒*3。噂は本当だったか。ライブドアクリップに移ろうかなもう*4。というわけで、本格的につまんなくなってきたので、もう一切のコメントもやめてきちんと本業復帰しMars*5!
*1:すいません「ロリコンファイル」じゃありませんでした(表紙の「Leon」人形?のイメージが「ロリコン」と脳内変換されたようです。ネット歴浅いのでお許しを)。でもkagamiさんも読ませて頂いております。ナツさんの素晴らしい記事はこちら→http://noraneko.s70.xrea.com/mt/archives/2007/1119003234.php
*2:共依存状態になっているのかな? それとも単純に、本当にお金がないというわけでしょうか。僕もそんなに余裕がある方じゃないけど、あれだけのイタい騒ぎを傍観するだけではとてもいられませんでしたよ…。
*3:どなたとも先入観を覆せるほどのお付き合いはさせて頂いていませんが、色々なコメントや普段の人気エントリ・話題のエントリの内容から勝手に判断しました。やっている人が全般的な傾向として精神的にかなり子どもっぽいことは間違いないと思います。
*4:まあ潔癖症ではないのでここもそれなりに好きなんですけどね。何にせよ近々隠れブックマークに移行し、ずっとそれを続けてゆくと思います。
*5:コメントを書いて下さった皆様、スターをつけて下さった皆様には感謝しています。つまらない記事に興味をもっていただき、ありがとうございました。
おずおずと「はてな喜捨」を提案してみる。
(07. 11. 26 加筆)id:hashigotanさんが新しい動きを見せていますが、僕はもしかしたら今こそ、下に書いたような募金行動が有効となる可能性があるのではないかと思いますね。あの展開は野次馬向けのショーのよう(彼女がいきなり性関係を求めてくるとは僕も予想外でした)であり、確かにそれはそれで応援したくなるところがなくはないものの、多くの方が指摘しておられる通り、誰よりもご当人たちにとって非常に危険が大きいのではないでしょうか。下手すると新聞で言及され、ブログ・コミュニケーションというもののネガティブなイメージも強まりますよ(マスコミはネットの足をすくいたがっているんですからね。確実にマークされているのではないでしょうか)。というか、どうしてこの期に及んでも皆サイフの紐を緩めないのか。彼女のおかげでこれまで文庫本一冊、マンガ週刊誌2冊分くらいは優に楽しませてもらったでしょうに。その徹底的に揺るぎない傍観者の姿勢が信じられない。2百人が5百円分のはてなポイントを送るだけで、彼女は十万円分のお金を治療に回せる可能性が得られるんですよ? 千円寄付した(←これにジョークの意味は込めていません)くらいでデカイ顔をするつもりは毛頭ありませんが、ほんのちょっとくらい世のため人のために自分のソースを何か具体的に提供したらどうだい、と訴えたい気持ちでおります(が、本格的に議論に参入する時間はないので、ここでこっそり声を上げておきます)。(えともしかして皆とっくにポイント送ってるとか? いわないだけとか? それがここでの作法とか? だとしたらもちろんお見それしました…)
そろそろ更新を停止しますが、その前に書いておきたいことができましたので取り急ぎ。
さっきid:Masao_hateさんのところでid:hashigotanさんにはてなポイントを千P送るとブクマコメしたところから妄想がスタートしました。これはあとで実行します*1。売名行為? いえいえ、匿名の人間が売名など無意味。そうじゃなく、はてなポイントは確かアマゾンのクーポンに変えられるので、ある程度の数の人間がhashigotanさんにポイントを送れば、彼女は今後、趣味のアイテムを買うのにそれを使えて、そのぶん可処分のお金が浮くと思ったわけです。それで治療を始めて欲しいと半ば真面目に考えました。もちろん、通院レポートは例のあの調子で面白可笑しく書いてもらえると嬉しいですけどね。
さて、そこから何を妄想したかというと、はてなには何故こういうシステムがまだないのかと・・・。せっかくだから、はてなポイントで通院できるクリニックとかを募ったらいいのではありませんか*2。それなら、彼女はダイレクトに皆のポイントで通院できるのでは。真似する人がいっぱい出てきたらどうするか? いいじゃないですか。嘘つきはすぐ見破られるし、メンタルな<病気>の人*3が文章芸を磨くのはある程度のセルフセラピーになるというのは本当だと思います。それで興味深い文章がたくさん読めるようになれば、僕たちも楽しいのではないでしょうか。
そこから連想が、読みかけている梅田望夫さんの『ウェブ時代をゆく』のなかにあるオープンソースの思想に及びました。あれも贈与の精神の話なんですよね。もちろんウェブは甘ったれた浅はかなスタンドプレイ系の人間などお呼びではなく、そこに淘汰がシビアに働き、結局は自助の精神と贈与の精神が渾然一体となっていくヴァーチャル空間なのだと思います。興味深く、考えさせる文章を皆にたくさん贈与できた人*4は、皆の助けでメンタルな治療も受けられるというわけです。需要があるのではないでしょうか。
それで思いました。これはある種、喜捨のデジタルに洗練された実践の仕方ではないのか・・・。仏教的にいえば布施でしょうか。キリスト教・イスラム教的にいえば喜捨か。そこでさっき教えてグーを調べたら、syo-yaという方による次の記述が見つかりました。
感謝の念に限らず、思いやりの気持ちとか、慈しむ気持ち、哀れむ気持ち、仏教でいう慈悲喜捨の気持ちというのは、拡がり続ける想いなんです。無量心ともいわれています。
逆説的に「怒りの念」も拡がっていく念ですが、必ず、敵をつくり反発を買うので、それ以上は拡がらないんです。
「欲望の念」は外に向かって拡がるどころか、うちに向かう念ですよね。
自分のほうに何かを引き寄せようとする念ですから、器の小さな人間になっていくんです。利己的で「俺が、俺が」と自分のことしか考えられない人間になってしまうんです。そうなると、<気の弱い人間>になってしまうんです。ですから慈悲喜捨の気持ちを持つと、自分の気も大きくなるし、相手のためにもなるしで、自他をともに幸福にしてくれるんです。
また、おごり高ぶる気持ちも、「欲望」同様に自分を小さくしてしまう念なので、そういう不善な心が起きないようにするためにも、「ありがとうございます」という、謙虚な気持ちを保つことが必要なだと想います。
■引用元:感謝の念 -こんばんわ。よく、「感謝の念を忘れないでいましょう」とか- 哲学 | 教えて!goo 〔文字の操作は当方でしました〕
仏教にも喜捨といういい方があるんですね。一番しっくり来るので、喜捨という呼び方でいってみましょう。ポイントを送る方が感謝の念を抱いてそうすることになるのだとしたら面白いと思います*5。もらう方もまた感謝の気持ちを込めて記事を書くと。何への感謝? なかなか難しいところですが、「こんな苦しみを生むような問題点がこの社会のプログラムに存在しているのだ」ということを個別の経験データ(ソース)に基いてオープンにし、広く読んでもらうことへの感謝、そしてそれを受け、改善スキルを考え実行するポテンシャル(ソース)をオープンにできることへの感謝でしょうか。何だか、われながら理解が非常に強引だしキモえらそうな気もしますが…。
すいません、素人が調子に乗って…。しかし更新停止前ということでお許しいただき、もう少し続けさせていただきます。
id:mantrapriさんも書いておられたように、さすがにもう日本のブログも、お気楽な身辺雑記から脱却して、徐々に大人に近づきつつあるというか、本来的な意味での公共圏に近い交流空間になりつつあるのではないでしょうか。かつて西欧のカフェとかがそうであったような。そこでメンタルに苦しい人などが目立つのは当然の現象だと思います。なぜなら、それまで発言の機会が封じられていた人々が発言権を得るのが公共圏なのですから…。hashigotanさんはそこで最初にスターになった家庭被虐待の人というか。もちろん、僕が大ファンである児童養護施設出身者MariaさんとLeiさんを忘れないで欲しいですが(hashigotanさんとこのふたり、いつ仲直りするんでしょう? まあそれも個人的には日本のブログ2008注目のトピックのひとつですが…)。
そして、公共圏が成り立つには、やっぱりスピリチュアルな背景がないと無理でしょう。そして実は、既に現状がそうなっていると思います。喜捨とかオープンソースというのは、目に見えないもののやりとりですから。ここまで来たら、それをメンタル・クリニック方面に向けてシステム化しても、それこそバチは当たらないのではないでしょうか。
と、ここまで書いて問題の難しさ*6にイヤ気がさし、眠さも限界に達してきましたので、あとはご興味があればお読みくださった皆さんが各自で考えてください。え? これで終わるのではただのハチャメチャな放言? 確かにそうですが、一応言い訳がましく「日記」と銘打った期間限定ブログですので、今は放言の楽しさを追求させていただきたい気分なのです。別な形での次の登場がいつになるかは分りませんが、そのときはもっと考えもしっかりまとまっているよう、努力したいと思います。
短いあいだでしたが、たくさんのご訪問をいただき、ありがとうございました。
*1:送信しました。受け取って下さるといいけど…。
*2:喜捨によるはてなポイントを使うクライアントは優待的に診てもらえるとか。で、全国のユーザが見守っており、治療経過も逐一書かれるので、とんでもなく真剣な治療をせざるを得ないと。その代わり、治療が成功したら、そのドクターにももちろん大量のはてな喜捨ポイントが届く…なんてどうでしょうか。
*3:もちろん<病者>と<健常者>というカテゴリー分けの常識がつねに疑い得るものだということは承知しているつもりです。
*4:「金銭的に本当に困窮している人」という条件を加えるべきかも知れませんね。そういう事情の真偽は、その方の文章を一定量以上読めば分るでしょうから。
*5:もともと"喜"捨といういい方にもその意味が含まれています。
*6:例えば「ウェブでの発言もろくに出来ない場合が多い養護施設出身者の方への支援を差し置いて<喜捨>も何もないだろう」とか。あるいは「ネット・ユーザの多数派を占める男性同士ではプライドが邪魔するなどしてなかなか事がスムーズに進まず、それだけに少数派の女性の方に何かと不公平な形で支持が集まりやすい」というような男女格差の問題もあると思います。しょせんこのアイデアは妄想にすぎないようですね。
僕は児童養護施設の問題を視野の外に置いた虐待言説が白々しくてたまらないだけ。
世の中にAC関係の本は多い。なかには児童への虐待やレイプを主題にした本もあると思う(よく知りませんが)。そんな問題と無縁に育った人の多くは、それを見ただけで震撼し、エラいことだと大騒ぎする。そんな良心ある人々の理解に支えられて、ACや家庭虐待経験者の人々は不本意ながらもある意味安定した「マイノリティ」のポジションを得られているように見えます。
僕のように児童養護施設職員の彼女がいたりする人間には、なんかため息の出る光景。僕自身はそういう問題とはまったく無縁に育った「マジョリティ」の一人ですが、誰を「マイノリティ」と見るかの基準点は、今や他の人々とは大きく違っています。
まあ厳密にはケース・バイ・ケースなのですが、児童養護施設出身者は卒園後、本当に大変な暮らしを強いられる場合が概して多いんですよ*1。どういう意味で大変かというと、そもそもネットで家庭虐待とそれについての発信をめぐる言説が流行しているという事実を知る機会すら持てない*2というレベルの話で、最初から蚊帳の外なんですよね。
例え声をあげても、h.さんがかつておっしゃったように、「あいつらは異常にしつこい。みんなあいつらの言うことは信用するなよ」などのような、露骨な差別が罷り通ってしまうわけですよ。そもそも疎外の境遇がデフォルトでインストールされている人が多いですから、反撃も息が続かない。今回も「施設関係者」で声を上げてるの僕だけですよね(だんだん気が重くなってきた)。
そういうわけで、例え彼らが声を上げても「誰お前?」で終わり。そして、あくまでも「家庭育ち」という大集合のなかで「虐待経験の有無」が線引きの基準となり、安定した二項対立図式のなかで「私かわいそう」「あなたかわいそう」「アラアラみんながかわいそう」と気遣い合う美しい光景が繰り広げられる ― まあ意地の悪い言い方ですが、僕にはそう見えざるを得ないわけです。彼女を通じて、もうひとつの<不可視の集合>のことを知ってしまったからね。
どうすりゃいいのコレ? 僕には施設出身者の代弁者になるような度量まではないからなあ。第一、里親をやっているわけでもないし。でも、里親とか施設職員とかを実際にやっている人は、悠長(失礼)にネットをやっている余裕などは時間的にも気持ち的にもありませんからね。まー気づいた人間が少しでもできる範囲で発信をするしかないのかなあ*3。
というわけで、h.さんに「Mariaさんに謝罪したら?」と僕がしきりに勧めるのも、「キミたちもっと施設のことを知ってくれや! 視野広げてくれや!」という苛立ちがあるからなんです。本来、そんなことをいう筋合いではないのにもかかわらず、あまりにも無関心な人々が多すぎるから、お節介な横紙破りをしている感じ。h.さんへの僕の評価が混乱しているのも、僕が本来誰よりも呑気な家庭育ちであるにもかかわらず、施設出身者の気持ちも多少はわかるようになったという二重性から来ているのです*4。
えーい、もうストレートにお願いしちゃおう!
この記事を読んでくださった方は、これから家庭虐待の問題をめぐるアレコレを語ったり読んだりするとき、施設出身者のことを少しでも気持ちの隅に留めておいていただけませんか。安定した集合図式のなかで、ある意味ラクな幾何問題ばかり解かず、もっと高度な計算にチャレンジしていただけませんか*5。
断っておきますが、僕も彼女も施設不要論者ではありませんからね。彼女は僕とは違ってMariaさんとかが好きではないくらいです。それでも、僕たちの共通見解として言えることは・・・この国では施設出身者の方々が軽視されすぎ。
では疲れたので寝ますが、ホントたのんますよ。少数派なんすからマジで。理解して下さる方がひとりでも増えることを願っています*6。
*1:とりわけ深刻なのは乳児期から青年期までの全期間を施設ですごすよう強いられてしまう方々の場合です。これについてはLeiさんの『Firedragon戦記』およびMariaさんの『Mariaの戦いと祈り』をご参照ください。
*2:PCが買えない・住所不安定であるなどの理由で。
*3:ウラ話追記。いま仕事がとても忙しいので、記事ひとつ書くにも犠牲大きいです。安全圏に踏みとどまるためにも、ある程度のお遊び化は個人的に不可欠でした。誰もが沈黙しているなかで施設の問題に少しでも人々の注意を向けることに成功すれば、それだけで満足だったということもあります。あと、誰かが本格的に介入し始めたらそれこそ「生涯を捧げる」級の仕事になるかも知れないこの問題をただ単に「ひとまかせ」にしようとする人がもしいたら、そのいかにも日本的な無責任さはさすがに気が知れません。あなたも文句がおありなら僕なんかに向けず、ご自分でメッセージ発信を始めてくださいね。それがこの社会の風通しを良くしていく第一歩だと僕は信じています。
*4:元記事の記述を少し直しました。
*5:数学の得意な理系の方々がネットには多そうなので、本当に期待しているのです。
*6:しょせんは単なる部外者のエゴですが。
エンターテイナーには魅力的な人だけがなれる(のでは?)。
真摯に生きておられる見ず知らずの方をDisるなんて僕の趣味では全然ありませんでしたが、思わぬアクセスをいただいて調子に乗り、考えてみれば確かにこういうのもブログならではの醍醐味をもつ対話形式かも知れないので、寝る前にもうひとことだけ。
id:hashigotanさんに関して、ブクマでは色々ひどいコメントもつけた僕。しかしご当人はきっと分かってくださいますよね・・・これは他ならぬ彼女から学んだ手法なんだということを。
彼女のブログを知って以来、実は毎回記事を読んでいました。かなり影響されたと思います・・・ある意味あれは、大変なエンターテインメントですよ。最近では削除対象となった『そこをどきやがれ! お前らカップルばかりがあらゆる場所を占領してるんじゃねえよ!』(←タイトル合ってます?)に爆笑。あれは絶対に過剰な読者サービスですって。それこそ胸キュンものの愛おしさも同時に感じさせるようなね。
思うに彼女は、主に多くの男性読者の期待に思いっきり応えつつ、エンターテイナーとして進化を遂げてきたのではありませんか。ちょっと妄想入っていますが。だとすると、今ここで手の平を返したように「ブログ書くのをやめて病院へ行け!」と単に切り捨てるだけの態度をとるのは、酷な気がするんですよね・・・。実際にいま彼女が消えてしまったりしたら僕は焦り、「もっとしてあげられることがあったのではないか」みたいな罪悪感を少し感じると思います・・・。
それはともかく、いいたいのは、その魅力と能力をもっと善用してくれ!ということ。できれば実生活でも。彼女が本当にカッターナイフを忍ばせているような人だとは、僕は思っていませんよ。実はものすごい人間関係構築力をもつ女性なのであって、それが過去の呪縛で生かされないことに爆発的な苛立ちを抱えておられるのではないかと思うわけです。ならばやはり、メディカルなケアも視野に入れながら、なおかつウェブからも完全には離脱することなく、リアルでもヴァーチャルでもより良い人生を謳歌して欲しいですよ!
まったくもう、何で僕が見ず知らずの女性にこんなに熱くならねばならないのか・・・。理不尽なものを感じるくらいですが、とにかく。とにかく!
寝るお。(といいつつマウスは何故かアクセスカウンターの方へ?)
怒りは有意義な方向へ向けようよ、ネ?
初めて今の彼女が施設のクルマに乗って僕に会いに来て、そのころ担当していた児童を僕に会わせたのは、2年前のちょうど今ごろのことでした。その子の顔を見たとき、「うわっ、3歳児にしてもうヤンキー顔・・・」と思ったことを覚えています。
その子の里親になりたいという相談でしたが、さすがに気が進まなかったので断り、関係が断絶しかかりましたが、今では修復しています。子どもへの慈愛が深い彼女なので、それだけ彼を施設から出してあげたいと真剣に思い詰めていたんですね。優しい子でしょう? 僕は大好きです。
というわけで、僕は現役施設職員の彼女を介して、日本の児童養護シーンと間接的に繋がっている人間です。児童虐待だの近親相姦だの、僕のこれまでの人生とは何の関わりもなかった深刻な問題がいやでも目と耳に入ってきました。彼女の仕事での憔悴ぶりを見るだけでも、どういう世界なのか感得できるところがあるのです。
ネットでも当然、色々と調べものをしました。そんなとき、愛読していた『Mariaの戦いと祈り』という里親推進のブログを通じて、hashigotanさんのことを知ったのです。彼女は問題の記事で、Mariaさんが自ブログの扉に「家庭虐待のことは理解できないのでそのおつもりで」云々と丁寧な断り書きをつけたことをあげつらい、そこから始まったやりとりの結果、施設出身者の方全般に手ひどい中傷を浴びせ、相手側からも『hashigotan警報』という反撃サイトを立ち上げられたりして今に至っているのです。hashigotanさんが未だにコメント欄を閉じているのは、そのときの余波です。*1。
hashigotanさんの発言を読んで正直、腹が立ちましたね。安定したネット環境を手に入れるだけでも死ぬほど苦労する施設卒園生のことを知っているだけに、ずいぶん勝手で甘えた因縁をつけてくるなあと。彼女の虐待経験を読んだらさすがに同情的にはなりましたが、それでも、あの種の酷い性虐待の話は僕が聞いた範囲だけでも絶無ではなく、Mariaさんなども読んだ限りではもっと大変な目に遭われているようです。何しろ児童レイプはおろか失踪・自殺といった話もありふれた部類に入る壮絶な世界ですよ。だから、「このhashigotanという人は同和ゴロなどと同じで、受けた虐待や差別を錦の御旗の如く振りかざし、ウェブでの発言権や人気という形での利権をせしめようとしている人、いうなれば<虐待ゴロ>ともいうべき存在なんだろうなあ」と悪印象をもっています。あのデスメタル的な文章芸それ自体は、割と心に響く部分もあるんですけどね。
彼女の受けた被害は、大変なものだと思います。それを否定するものではありません。彼女には、怒り狂う資格が十二分にあると思います。しかし、その怒りはもっと別のことに向けるべきではないでしょうか? ズバリ、「陰惨な性虐待が起こらない日本」を創るためにはどうしたらいいか、それを考えるところから始まる何かです。
Mariaさんや、そのご友人であるLeiさんは、自分たちのような「施設全部育ち」は人格形成に大きな支障を抱くことになるので、もうこれ以上作らないで欲しい、と主張されています。そこから導かれる「里親推進」という結論です。半ばご自分の過去を否定する作業ですから、血みどろの作業だと思いますよ。しかし、それが結果的には多くの里親さんの指針となり、心あるメンヘル系の人々を勇気づけているように見えます。
もちろん、多分に理想論的なところがありますよ。今の日本は子育てを忌避し、犬や猫の「里親」になるなどといって悦に入っている人だらけの倒錯した社会。生き物の「里親」になれるのは同種の生き物だけなので、これは言葉の誤用であり、人間の里親さんに育てられている子どもの気持ちを深く傷つけ、里親制度の推進も妨げている悪弊であるわけですが、そんなことにすら気づいてあげられない、心の余裕を見失った社会。この島全体が「ある一定の<生まれ方の条件>を満たさない限り子どもが幸せになれない」という意味で、絶滅収容所のようなものだな、といううっすらとした恐怖感を僕は抱いているくらいです(僕自身、里親になるという行為に対してはかなりの躊躇を未だに払拭し切れません。この上なく素晴らしい共同体への貢献だと頭では分かっていますが)。
そういう状況ですが、それでも、いや、だからこそ、MariaさんやLeiさんのような方たちの発言が真のオルタナティブとして尊重されているし、されるべきなのではないでしょうか? 今のところ、あのような意見はブログでしかお目にかかれない(何故でしょうね)ので、このような発言が読めるようになったことこそが、日本にブログが登場したことの意味ではないかと僕は考えています。
そういう視点から、id:hashigotanさんについてはっきり言えることがあります。あの方には、幼児への性虐待という核心となる問題に関して、何ひとつポジティブな提言がありませんね。違うでしょうか。全ての過去ログを読んだわけではないので今イチ不安ですが、「私のような目に遭う幼児がいなくなって欲しい」というような発言が何かありますか。全ては「俺が被害を受けた。俺が苦しい」系の発言のオンパレードではないでしょうか。
当事者だからこそ発することが出来、読者に重みをもって受け止められる言葉というものがあるのです。このエントリはふざけてid:idiotapeさんの消された名記事をもじって書き始めましたが、それにかこつけていうと、「お前らの幸せは妬ましいが、生まれてくる子どもは幸せになることを祈ってやるぞ」というような言葉があれば、このふたりは共存することが出来たのではないでしょうか?
やはり、id:hashigotanさんには心の病を強く感じますね。ズバリいえば、この方は自分と同類の被虐待児童が増えれば、嬉しいのではないでしょうか? このような方の発言を、これ以上持て囃すべきではないと強く思います*2。僕はこのようなネットの使い方が広まって欲しくない。これは、多くの人に届くべき声ではないです。届くべきなのは、MariaさんやLeiさんのような方々の声ですよ。
id:hashigotanさんへ。もしこれ以上ブログを続けるのであれば、Mariaさんへの謝罪から入られては如何ですか。そうすれば、あなたは真の<謙虚さ>というものを学ぶことができるでしょう。生き難さ比べをすればあなたの負けだ、といっているようなものかも知れませんが、そういう単純比較ではないつもりです。訴えたいのは、ネットの使い方なので。今の貴女のような生きる姿勢のどこに魅力がありますか*3。そして、魅力的になる可能性がゼロの人間などがどこの世界に存在しますか。あなたにも魅力的な生き方をして欲しい。魅力的な生き方とは、真の意味で社会に善き何かを贈ることの出来る生き方でしょう。魅力的になれば、幸せだってきっとつかめますよ。貴女の影響力は強い。ネガティブなエネルギーの中心にならんばかりの勢いだ。だからこそ僕は、面倒なことに関わるのはすんごいイヤなんだけど、敢えて一隅から意見表明をしておくことにしました。
*1:この出来事に関心のある方は、hashigotanさんのブログの2007年8月11日の記事をお読み下さい(いくらなんでも失礼なので、直リンクは貼りません)。Mariaさんもこの件にはもう触れられることを望んでいないようなので、興味がある方はキーワード「hashigotan/Mariaの戦いと祈り」「hashigotan警報」などで各自検索をかけて関連記事をお探しください。
*2:ここらへん過去の発言と矛盾したところもありますが、正直自分の気持ちが未だ一つにはまとまらないところがありますので、どうぞご了承下さい。確かにいえることは、ただ単に「病院にブチ込んどきゃいいんだよ」は暴論だよ、ということです。
*3:負の魅力は大いにありますね。僕も実はそれが嫌いではなかったりするので複雑です。しかしこの方の場合、それが同時に、いずれ当人の死に至る可能性もある公開自傷プレイを見せつけられているような重苦しい痛ましさを感じさせるのです。けっこう実社会でも人気が出そうなのに、そのネガキャラがネットで定着してしまったら、それから抜け出せなくなりそうな危惧を感じます。抜け出せなくて結構、と思っているのは案外、彼女のファンの方では? 応援しつつ実はその人が犠牲になるのを見たがっているファン心理というのはあるでしょう。この方はその恐ろしい構図に気づいているのでしょうか。別に世直し志向になるほどのポジティヴさをもたなくてもいいだろうという人もいますが、本気で治ろうとする人は他人のことも必ず思いやるようになるものだと信じます。とにかく僕は今回の出来事から「日本のネットユーザはべたに不幸な人(悪くいうと「幸福になれる可能性すら諦めるポーズに開き直ったゴロ弱者」)が多そう」という印象を得て、ちょっと気が滅入りました。
日本は場所柄が基本的に陰惨なので、ディズニーのランドとかシーが人気あるんだよな。
おでは日本のムラ空気が息苦しいが、欧米のきっつい個人主義も嫌なわがまま者。というわけで、日本が将来いい塩梅に半アジア・半欧米化してくれるとありがたいんだお。
だから、そういう空気を体現している場所として、この前ディズニー・シーというところに彼女と行った。全面的な没頭はできんかったね。「何これ、浦安を一見きれいに埋め立てとるだけやん」と。「誰よりも縄文顔の姉ちゃんが<キャプテンがどうこう>とかいうなよ」と。それなりに楽しかったけど。
で、思う。今の日本のブログ界も結局ディズニーのランドとかシーそっくりなんだよ。袋は欧米からの輸入品だけど、そこに盛る酒は土着品種。で、登場人物は着ぐるみならぬ匿名のIDで扮装しとる。そこら中、おずおず堂々とマウス耳をつけたもんだらけ(おでも含めてな)。
土台がじめじめした沼沢地を埋め立てたところだから、土着の怨念だって簡単に噴出する。最近その一番人気のアトラクションになっているのが、hashigotanによる負の情念のエクスプロージョン・ショーだね。おでも怖いもん見たさ的に好き。あれはすごい。芸があるし、実は彼女とうまくいっていないところもあるので、その孤独の苦しみを代弁してくれる気もする(誰かもいってたけど、パートナーができても孤独は癒されないんお。むしろ関係性の地獄というのは文字通りの地獄になりうるんお。恋愛を過度に理想化しないで欲しいので、ある人々には地雷と知りつつおでは「彼女」とか書いてるんお)。
ああいう性虐待被害者の方は、これまで泣き寝入りするしかなかったと想像する。下手に反抗しようものなら、強い家長が登場して座敷牢にブチこまれるとか、そういう陰惨極まりない世界を連想してしまう。そういう意味では、ブログというものが普及して本当に良かった。これまで恨みを抱いて亡くなった被害者の方々の分まで吼えて吼えて吼えまくれ!― おでは基本的にそう考えているっす。
ただ残念なのは、日本では「幸せを大っぴらに口にする者をボコって封じ込める」伝統ラインも他方では存在しており、hashigotanもそちらには全面的に加担しているといわざるをえない点だ。あの方は長幼の序にやたらうるさいしね・・・(「新人ブロガーはでかい顔をするな」とか)。舶来メディアの恩恵を誰より蒙っているくせに、肝心のメンタリティの中核が日本的な保守本流なんだよ。
いいじゃないか、ブログで幸せを口にしても。それでなくても、日本は幸福そうに見える人が少ない国なんだよ。おでたちは幸せな生き物を見るためにはディズニーのランドとかシーに行って、ねずみの出来損ないのマスクに張り付いた笑いなどの作り物に接するしかないのか? 聞けばid:idiotapeさんはブログを撤退したとか。なんちゅうことするねん。ああいう「ヤァ! アイム・ハッピー!!」的な天真爛漫さを上手に自己演出した「ミッキーキャラ」の存在が許されないなら、ブログはディズニー浦安ランドおよびシーにも劣る悪場所だということになるぞ。
人生というのは、シーにある「センター・オブ・ジ・アース」のようなものなんだよ。「タワー・オブ・テラー」でもいいかも知れない。沈んだら浮き上がるし、浮き上がったら沈む法則があるんだ。おまえは第二のねこぢるになりたいのかと。自傷キャラが定着してしまったら、その物理法則が意志とは無関係におまえを動かし、自殺に向かうかも知れんぞ、と。
日本というのは誰にとっても多かれ少なかれ生きるのが難しい場所なんだ。それは、おでのようなアンビヴァレントな思いを抱いた者が今や多数派だからだ。そのなかでもhashitotanは特に難しいポジションに置かれていると思う。だからこそ色々考える刺激を与えられもするんだけどね。
とりあえず、その芸風がとても危険であることは自覚して欲しい。ねこぢるパターンは歩むなよといいたい。・・・今日はこれくらいにしておきます。
当分お休みしまふ(早っ)
Prince のアルバム >Around the world in a day<より。
The Ladder
Once upon a time in the land of Sinaplenty
There lived a king who didn't deserve 2 be
He knew not where he came from
Nor where he was going
He never once said thank U, never pleaseNow this king he had a subject named Electra
Who loved him with a passion, uncontested
4 him each day she had a smile
But it didn't matter
The king was looking 4 the ladderEverybody's looking 4 the ladder
Everybody wants salvation of the soul
The steps U take are no easy road
But the reward is great
4 those who want 2 goA feeling of self-worth (everybody's looking)
will caress U (for the answers)
The size of the whole wide world will decrease
(how the story started)
(and how it will end)
The love of God's creation will undress U
And time spent alone my friend, will ceaseEverybody's looking 4 the answers
How the story started and how it will end
What's the use in half a story, half a dream
U have 2 climb all of the steps in between (yeah, we ride)Everybody's looking 4 the ladder
Everybody wants salvation of the soul
The steps U take are no easy road
(the steps you take are no easy road)
(it's not that easy)
But the reward is great
4 those who want 2 go (I do)everybody
everybody's looking (Everybody's looking 4 the answers)
for the answers
everybody wants to know how the story (How the story started)
started and how it will end (started and how it will end)
What's the use in half a story, (What's the use in half a story)
half a dream (half of a dream)
U, U gotta climb, U gotta climb (U have 2 climb all)
all of the steps in between (the steps in between)everybody
Everybody's looking 4 that ladder
(Everybody's looking 4 the ladder)
Everybody wants salvation of the soul
(Everybody wants salvation of the soul)
(salvation)
The steps U take are no easy road
(the steps you take are no easy road)
(that's for sure)
But the reward is great (the reward is great)
4 those who want 2 go, (4 those who want 2 go)
those who want 2 goeverybody
everybody wants (Everybody's looking 4 the answers)
an answer
anyone who know how the story (How the story started)
started, how it will end (started and how it will end)
will it be lonely in the world (What's the use in half a story)
What's the use? (half of a dream)
(have 2 climb all)
■Thanks to:Discographies,Albums, Cover Arts, Songs and Lyrics